ある晴れた日。

「神子様、おはようございます。今日はどうなさいますか?」
藤色の髪色の少女−藤姫−がそう言う。
神子と呼ばれた、16、7ほどの少女−あかね−が少し考えてから言った。
「うーん、昨日は色々大変だったし、今日はお休みしたいな。ダメかな?藤姫。」
えへ、と愛想笑いするあかねに、藤姫は微笑んだ。
「神子様も毎日大変ですし、たまにはお休なさったほうがよろしいですわ。」
そして、一瞬考えたような顔をして、言った。
「せっかくの休日ですから、何かお話でも…」
とあかねに言いかけてさえぎられた。
「神子殿、休日になったのなら、今日一日、私に時間をもらえまいか。」
翡翠色の長い髪を揺らせながら、見透かすような、悪戯を企んでいるような、窺い知れない微笑みを浮かべた男が入ってきた。
「友雅殿!」
何も言わずに、あかねの部屋へ突然入ってきた友雅に、藤姫はムッとしているようだった。
「いいじゃないか、藤姫、たまには神子殿にも息抜きは必要だよ。」
「でも、神子様は…」
藤姫が怪訝そうな顔をして友雅を止めようとしたが、このままだと雰囲気が悪くなると思ったあかねは藤姫をなだめた。
「まぁまぁ藤姫。」
「でも、神子様…。」
「せっかくここまで足を伸ばしてくれたんだし、友雅さんと出かけちゃだめかな?」
藤姫は納得いかないような表情だったが、諦めたようだった。
「神子様がそう言うのであれば…」
「じゃあ決まり!友雅さん、どこに連れて行ってくれるんですか?」



まあまあ、と連れてこられたのは、彼の屋敷だった。
初夏の涼しいような暖かいような風が、家の中を吹き抜ける。
屋敷の奥まで進むと、縁側から、広めの庭に美しい花々が咲いているのが見える。
だが、あかねは緊張してしまって、ゆっくり眺める余裕が無い様だった。
友雅は、庭を眺めるのにいい位置へ座ると、あかねに向かって手招きをした。
「こちらへおいで、神子殿。」
立てひざにひじをのせ、頬杖をついて、あかねを見つめている。
緊張しているあかねは、友雅に見つめられて赤くなりながら、少し離れた場所に座った。
「どうしたんだい?神子殿。」
そのまま、からかうような目をして、あかねに言うが、あかねは首を横にふった。
「な、なんでもないです。」
友雅はくすくす笑っている。
「かわいいね、神子殿は。」
あかねは更に赤くなって、うつむいてしまった。
「ふふっ…。私が屋敷に呼んだのは、神子殿、この眺めを君に見せたかったからだよ。」
顔を上げて友雅を見ると、微笑みながら、庭を見つめていた。
あかねもその視線の先を見ると、庭に花々が輝いて見えた。
「綺麗…。」
「気に入ってくれたようでうれしいよ。」
友雅は、目を庭からあかねに戻していた。微笑みながらも、奥では真剣な視線。
愛しさのような、苦しさのような、そんな表情だった。
彼女は、その視線に気付かず、無邪気に庭の花を見つめている。
友雅は、フッと、微笑いともため息ともつかない音を漏らした。



「あっ!…そろそろ帰らないと。」
空が朱色に染まり、東の空から暗紅色が少し顔を出した頃、思い出したようにあかねが言った。
彼女の緊張はすでに解けており、二人の座っている距離も、少し縮まっていた。
あわてて立ち上がろうとしたあかねの腕を友雅がつかんだ。
「まあ、そんなにあわてなくてもいいじゃないか。」
頬杖をついた顔をあかねに向けて、微笑んだ。
「え、でも…」
「おいで、姫君。」
友雅は、彼女の言葉をさえぎるように、つかんだ腕を引き、自分のひざの間にあかねを座らせた。
もはや、二人の距離はほとんど無く、あかねは緊張して固まっていた。
「そんなに警戒しないでおくれ。」
友雅は、苦笑いしながら、あかねの腕から手を離した。
「あ、あの…。」
「神子殿、君は、私のことをどう想っているのか…」
あかねの目をまっすぐ見つめるまなざしの中にある、いつもの余裕が少し揺らぎ、不安の色が見える。
あかねにはそれを読み取る余裕が無く、慌てている。
「あ、ど、どうって、なに…。」
すっと、友雅の手があかねの頬をすべり、親指で撫でながら、友雅の顔が近づく。
あかねの緊張は、確信になり、そっと目を閉じて、成り行きに任せた。
二人は、軽くくちづけて、離れ、見つめあう。
そのまま自然な流れで、再び軽くくちづける。
それが引き金になったのか、友雅はくちづけたままあかねを強く抱きしめて、二人は貪るようなくちづけをした。
そのまま、あかねは後ろにゆっくり倒された。
横たわったあかねの耳元で、溢れ出す気持ちを抑えるのでいっぱい、といわんばかりに、苦しいような、搾り出すような声で言った。
「神子殿…愛してる…。」



朱色だった空が、全体的に葡萄色になり、紺色が見え始めた頃。
友雅とあかねは、二人で一枚の狩衣だけを羽織って、庭を見つめていた。
「夢みたい…。友雅さんとこうしていられるなんて…。」
あかねがつぶやくと、彼女を壊れないほどに強く抱きしめ、友雅は囁くような声で言った。
「夢じゃないさ。私の姫君…。」
あかねは、自分に巻きついている友雅の腕に手を沿え、頭を預けた。
「うれしい…。」
「何度でも言える、愛しているよ…。」
体を抱きしめていた腕を緩め、あかねの顔を上に向かせ、そっとくちづけた…。



「友雅殿!こんな遅くまで神子様を連れまわして!」
「藤姫、ごめんね、私も…」
「神子様は悪くありませんわ、…もう!友雅殿!」
「すまないね、藤姫。」
カンカンの藤姫に、慌てるあかねだが、友雅には、いつもの余裕が戻っていた。
怒っている藤姫を、すまなそうだが面白そうに見ている。
「じゃあ、またね、藤姫、…そして私の姫君。」
友雅は、あかねの髪を撫でて帰っていった。
「もう!友雅殿は…あら?…神子様…?」
「え?あ、うん、ごめん、藤姫。」
あかねはボーっとしていたのか、藤姫を余計に心配させてしまったようだ。
「大丈夫ですか?神子様、あら、お顔が赤いですわ、大変、さぁ、早く寝てくださいませ。」
「あ、うん、大丈夫、寝る、寝るね。ありがとう、藤姫。」
「それではお休みなさいませ。」
布団に入ったあかねは、今日おきた出来事を思い返さずに居られなかった。

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